クイ研架空戦記@一高祭(4)

<以前の記事を読んでいない方はそちらからお読みください>


 小野寺の勝利に舞い上がっているクイ研勢に水を差すような女の冷ややかな態度に、途端に場の空気が張りつめた。敵はまだいる。そしておそらく、この女はもっと強い。
 司会が進行する。
「ええと、それでは始めますか。相手は……小野寺先輩継続、という形でよろしいですか」
茶髪の美女は紫煙をくゆらせながら、興味なさそうに首肯した。
「それでは、始めましょうか。7○3×。両社とも、端子は大丈夫ですね?」
 金髪の男、筋肉男と続いて派手めの才媛。小野寺は、慣れない女性相手のクイズにいつも以上に緊張していた。すると、それを知ってか、女が小野寺に色っぽく話しかけた。
「ふふっ……もしかして、緊張してるの……?」
美女の上目遣いと艶やかな唇に、小野寺は動揺して口ごもった。すると、このままでは小野寺がクイズに集中できなくなる、と思ったのか京介が声を張り上げた。
「おい売女ぁ! 小野寺先輩に色目使うな! それと小野寺先輩! 誘惑に負けたら相手の思う壺ですからね!」
「分かってる!」
返事をする小野寺。
(そう、そんなことは分かっている。こんな闖入者には負けられない。目的は分からないが、この部に危害を加えようとしているのは間違いないから、この部を守るために。そして、「クイズに強くなる」という、あの約束を守るために……)
 そう、小野寺には守らねばならない約束があった。事の顛末は、彼がまだ年端も行かぬ子どもだったころにまで遡る……。


 小野寺亮太の幼少期。まだ小学校に上がりたての頃、彼の家の隣に、彼とちょうど同じ年の女の子がいた。名前は、美希。二人とも生来内気な性格であったが、気付けばすっかり仲良くなっていた。
 小野寺邸のインターホンが鳴り、小野寺少年が幼い声を張り上げた。
「ピンポンなった! みきちゃんきたよ! おかあさん!」
バタバタと、急いで玄関に向かう小野寺少年。玄関の扉を開けると、可愛らしい少女が立っていた。
「こんにちは、りょうくんっ」
そう言って微笑む美希。その笑顔はあどけない。
「こんにちは、みきちゃん!」
笑顔を返す小野寺少年。
「おっじゃましまーす! ……りょうくん、きんぎょしよー。あ、りょうくんのおかあさん、こんにちは」
「こんにちは」
小野寺の母も美希に笑顔を返した。
「ねーりょうくん、きょうはきんぎょねー」
「うん! ぼくのへやいこー」
階段を駆け上がり、小野寺少年の部屋へと向かう二人。それを母は、温かい目で見守っていた。
 小野寺少年の部屋では、二人が金魚のキャラクターの人形を使ってごっこ遊びをしていた。
「ねぇねぇあおくん、きょうはどこにいこっかー」
ピンク色の金魚の人形を持って、美希が小野寺の人形に話しかけた。
「そうだなー。それじゃあおんせんにいこっかー」
そう言って青色の金魚を動かす小野寺少年。
 二人が動かしている金魚の人形は、入浴剤のおまけとしてついて来るプラスチック製のもの――発泡性の入浴剤がすべて溶けきると、プラスチックの人形が浮き上がるというものだ。この人形を使ったごっこ遊びが、二人が最も好きな遊びだった。無論小野寺は同級生の男の子たちと外遊びをすることも多かったし、そういうのも好きだったが、美希との女の子らしい遊びも好きだった。美希の女の子らしい感性に感化されたのかもしれない。
「ねぇ、亮太に美希ちゃん、もう六時よ。ほんとならもう帰らなきゃダメな時間だけど、もしよかったら美希ちゃん、今晩はうちでご飯食べてく?」
「いいの!? うん! たべてく!」
美希のとびきりの笑顔に小野寺の母は満足そうにして、
「それじゃ、二人ともお風呂に入ってきなさい」
と言った。
「はーーい!」
「今日は何と、入浴剤も用意してるよー!」
「わーい! やったー!」
はしゃぐ小野寺少年と美希を目を細めて見る小野寺の母。はしゃぐ二人。そんな他愛無い日々が続いていた。


 小野寺が小学校高学年になったころ。この時期にもなると、自然と男子は男子、女子は女子で固まるものだが、小野寺と美希との距離は変わらず近いままだった。小野寺の母は、それは勿論良いことなのだろうけれども、ちゃんと他の子とも仲良くしているのかしら、と思っていた。まあそれも過保護な親だからする心配であってきっと杞憂なのだろう、とも思っていた。だが、それはどうやら杞憂ではなかったのかもしれない――とは言え、この時点ではどこかしら不味そうな気配は全く見えていなかったし、もっと後にあんなことが無かったらきっと表面化することもなかっただろう。まあとにかく、この時点で二人は自分たちの体に起こりつつある変化、すなわち第二次性徴を気にする風はまるでなかった。同級生たちとは違って。
 ある日、いつものように小野寺少年の家に美希が遊びに来た。
「りょうくん、今日図書室でこんな本見つけたんだよ!」
そう言って彼女が見せたのは、子供向けのクイズの本。
「へえ、こんな本あるんだ……読んでみる?」
「うん!」
 たちまち二人はクイズの虜となった――二人とも図書室に通うことが多かったから、自然と知識が溜まっていたのだ。
 そしてそれが、小野寺とクイズとの出会いだった。
 次の日も、その次の日も二人はそのクイズ本を読んだ。その本が読み終わると、次の本を探した。町の図書館や書店にまで足を延ばした。やがて二人は互いにクイズを出し合うようになった。そしてそれは、中学校に上がってからも続いた。


 黒髪をポニーテールに束ね、制服を着た美希がこんな提案をしてきたのは、中学一年の時だった。
「ねえ、りょうくん」
二人並んで下校中に、美希が小野寺の顔を下から覗き込んだ。頭頂部にまとめられた髪が傾く。
「え、どうしたの」
突然の行動に驚く小野寺。
「いやー、なんか難しそうな顔してるからさー」
「あー……いや、何か毎日暇だなーって思って」
何でもない、という風に微笑んで見せる小野寺に、ふーん? と美希が目を大きく開けて口をすぼめて言った。
「そうなの? じゃあさ、競争しない? 一週間で、どれだけ円周率覚えられるか」
「なんでまた急に」
「なんかそんな気分になったのー。じゃ、決まりね!」
そう言ってにやり、と不敵に笑う美希。
「え、なに、もう決定事項なの!?」
慌てる小野寺。
「ふっふっふー! 来週のあたしを待ってろよー! 30桁と言わず50桁、いや100桁覚えてやるーっ!」
美希が鼻息を荒くした。一度燃え上がると止まらないのがこの子の特徴だ。
「ん、じゃあ俺も負けないぞ!」
「よーし、その意気だよ! りょうくん! じゃあ決戦は来週の今日、帰る時ね! それまでは、お互い円周率のことは企業秘密! OK?」
「よし、分かった!来週を待ってろよ!」
小野寺がまんまと乗せられてしまうのもいつものことだ。
「じゃあ円周率のことは秘密だかんねー! 学校行くときも帰る時も!」
そしてこの日はそこでお開きとなった。
 それから一週間、小野寺は負けまいと必死になって円周率を覚えた。傍から見ると無駄な行為に見えるかもしれない。意味のないものに映るかもしれない。それでも小野寺が円周率を覚えたのは、ただ「負けたくない」という心意気からだった。
 そして決闘の日。小野寺は30桁を覚えてきていた。トイレで何度も確認したし、大丈夫! と自分を鼓舞し、美希との帰路についた。
 だが、いつまで経っても美希が円周率の話を切り出してこない。のほほんとした様子の美希に、小野寺は(よほど自信があるんだな)と思っていた。通学路も中程に過ぎた頃に、さすがに待ちきれず小野寺が切り出した。
「ねえ、円周率の勝負のことだけど……」
「え?」
きょとんとした様子の美希。
「いやだからさ、先週約束したじゃん。どっちが円周率長く覚えられるか勝負、って」
「えーっ、そうだっけー」
とぼける美希。この子には、熱しやすく冷めやすいという特徴もあった。
「そんな!? 忘れちゃったの!? 俺、頑張って30桁覚えたんだよ!?」
ショックを受ける小野寺。
「あははー頑張ったねー」
笑って流す美希。
 ……とまあ、こんな風に美希に約束を反古にされることも、ままあった。


 その後も小野寺が美希に振り回されることが多々あったが、二人は以前仲良しだった。迫りくる第二次性徴の気配は当然二人の体を変えた。小野寺は声変わりし、背が伸びた。美希は体つきがふっくらし、少しながら胸も大きくなった。しかしながら二人の精神はいまだその体の変化を受け入れてはいなかった。二人ともお互いを異性として見てはいなかったし、他の異性に興味も湧かなかった。まあそれも異性が幼馴染の場合には珍しくないことなので、過保護な小野寺の母も許容していた面があった。何より二人は周囲を心配させないほどにとても仲が良かったのだ。

 だが、そんなピーターパンさながらの小野寺も、大人の視点を獲得しつつあった。。
 彼らが中学二年の時のことである。正月が終わり学校が始まった、真冬であった。
 肌寒く、二人とも手袋を着けて下校しているときのこと。道路の脇で日陰になっているところは雪が凍りついていた。遠くから、灯油を売る車の音声が聞こえた。
「この時期さ、家の近くからほんのり灯油のにおいがするじゃん?」
美希が小野寺に話しかける。
「あの匂いってさ、何かあったかいよね。冬場外から寒いーって帰ってきたときに、おうちの中はあったかいよーって。包み込んでくれる感じがして」
「そうだね――この時期はあったかいのが恋しくなるよね」
小野寺が言った。
「うん」
「俺はさ、凍えてる体をあっためるお風呂や布団が好きだなー」
「あたしも好き!」
「……うち寄ってってクイズしない?」
「いいの!? するー」
にかっ、と笑う美希。その笑顔は、底なしに明るかった。
 中学生になって、小野寺は薄々勘付いていた。小学生のころ、いや、今でも母が美希を夕食によく誘っていた理由に。
 美希の家庭は貧乏だった。今になって思えば、小学校に着てくる服は同じものが多かった。朝ごはんを抜くこともあったようだし、下手をすれば夕飯もそうだった。
 そして、ただ貧乏なだけではなかった。美希は、給食費を持ってきたことが無かった。貧乏だから、で片付けられるのなら良いがそうではなかった。どうも美希の両親はそれなりに良い服も持っているようだ。やがて町内で、嫌な噂が流れ始めた。ネグレクト。育児放棄。どうも美希の親はその気があるようで、他のご近所さんも気を使っていたようだった。
 そんな状況なのに笑顔でいる美希に、一度だけ不注意にも聞いてしまったことが小野寺にはあった。何で笑っていられるのか、と。美希が答えて言うには、「だって、あたしパパとママが大好きだから」。そう言って一際大きく笑う美希に、小野寺は言葉が出なかった。ただ、この子のそばにいてあげたいと思った。


 そしてそれから数日後、ついに起こってはならないことが起こってしまう。
 寒空の下、マフラーと手袋を着けて黙々と帰り道を歩く小野寺と美希。小野寺は美希を心配していた。今日の美希はどことなく元気が無くて、時折遠くの方を見ていた。そしてそれは下校中も変わらなかった。おのでらはみきが心配で、でもなかなか声を掛けられずにいた。
 そして普段別れている交差点に来てしまった。小野寺はせめて「さよなら」位元気に言ってあげようと思っていたが、俯き加減の美希から思いもよらない言葉が飛び出した。
「今日、りょうくんちでクイズしてっても良い?」

 いざクイズをするとなると、意外にも美希は元気であった。
小野寺が読み上げる。
「じゃあ、行くよー。ケルダール、三つ口、分留、三角、丸底などの種類がある……」
「はーい! はい! わかったよー! 答はフラスコだ!」
「おー、正解」
「へっへーん」
得意げに微笑む美希。
「じゃーあ、今度はあたしからの問題。いつも弘法大師と一緒にいるという意味である、西国三十三所めぐりをするときに笠に書き付けておく言葉は何でしょう?」
「ええー、わかんない!」
降参する小野寺に、美希が言った。
「答は、同行二人、って言うんだって。……ねぇ、あたしたちも同行二人だね」
「えっ?」
小野寺は突然何を、と思わず聞き返した。
「だって、ずっと一緒にいたから」
そう言って笑う美希だが、小野寺には美希の言葉が引っ掛かった。「いたから」って。何で過去形なんだ?
 小野寺の心中を察してか、それともそのまま言うつもりだったのか、美希が言葉を続ける。
「あのね、りょうくん。その……」
嫌な予感がして、サッと美希を見る小野寺。見ると、美希はまっすぐにこちらを見ていた。翳った表情には、思いつめていたことを口にする、そんな決意もあった。美希が、ゆっくりと口を開いた。
「そのね、りょうくん……あたし、もうりょうくんに会えないかも……」
「うん」
自分でも驚くほどに、小野寺は冷静に返事をしていた。美希は小野寺の瞳をしっかりとみて、言葉をつづけた。
「りょうくん、もしね、もしも離れ離れになったとしても、あたしとりょうくんは同行二人だからね」
「うん」
美希の言葉に、また冷静な返事を返す小野寺――いや、冷静な筈がなかった。急に「会えない」などと言ってくるのだから。だから小野寺の返事は、美希の言っていることを理解した上でしているものではなかった。理解する余裕などなかった。
美希が居なくなる?
否、考えられない。
そんな筈はない。
大体にして何故居なくなる必要がある?
思考が空転する。美希の言葉を反芻しようとしても、言葉がまるで意味を成さなくなったみたいに素通りしていく。空気が一気に濃密になった気がした。その濃い空気を吸って、意識が遠のいた。視界が徐々にブラックアウトしていった……。


 それじゃあね、と言って、美希が帰った気がした。寂しそうな笑顔を残して。
気付くと、居なくなっていたのだ。放心状態だったのかもしれない。美希が帰った後もまだ、小野寺の思考はうまく機能していなかった。再び視界が黒に染まっていった……。


 それから先は、記憶が飛んで、母とともに美希の家の前に突っ立っているときに移る。後日母から聞いたところによると、夕飯になっても亮太が下りてこない。心配になって部屋に行くと、虚空を見つめる亮太がいた。問いただすと「美希ちゃんが居なくなっちゃった」とうわ言のように言った。ただならぬことが起こっている予感がして、慌てて亮太を連れて美希の自宅に向かった、という。
 母と共に見た美希の家は、がらんどうであった。家は人気が無く、窓からはカーテンが無くなっている。その窓を通して見える部屋の中は、空っぽ。家具の類はおろか、少しの荷物も落ちてはいない。まるで引っ越しでもしたかのように。
 まだ中学生の小野寺にも即座に理解できた。これは夜逃げだ、と。美希の家はもとより貧乏に喘いでいたのだから、借金苦で逃亡というシナリオは容易に想像できた。
 どうして。美希。わが家を頼ってくれたら、解決策があったかもしれないのに。助けてあげられたかもしれないのに。
 真っ白になった小野寺の頭は、今のこの現実から逃れようと必死であった。
 貧しいから。そう、美希の両親がちゃんと働いていればこんなことにはならなかった筈だ。こんなこと、あって良い訳ない。親がちゃんと働いていれば。
 小野寺の心に、美希の両親への憎しみが現れそうになったが、美希の言葉を思い出した。

「だって、あたしパパとママが大好きだから」。

 美希……! こんな酷いことされてるってのに、何でそんなこと言えるんだよ……!

 そもそも、俺があの時、引き留めておけば。帰る美希に、一言「待って」と言えたなら。きっと美希は、まだここに居たんじゃないか? 変わらない笑顔で、俺の隣に居たんじゃないか?
 拳を強く握りしめる。爪が手の肉に食い込む。小野寺の心に、深い自責の念が食い込んでいった。

 涙は出なかった。小野寺はまだ現実を受け入れていなかった。はっきりと、美希が居なくなったのをその目で確認したのに。空っぽだった家が脳裡に浮かぶ。今までずっと一緒に居た、かけがえのない友の顔が浮かぶ。


 目が覚めたのはそれから3日後の事であった。これも母からの後日談だが、小野寺は丸々3日間部屋に籠っていたらしい。
 学校に行くと、皆が気の毒そうな顔でこちらを見た。腫れ物に触れるよう。
 美希の席は空っぽだった。あの家と同じ。


 それから少しずつして、美希の居ない日常の歯車が回っていった。
 小野寺は少しずつそれに慣れていき、気付けば同級生の男子と談笑できるまでになった。
 美希が居ないことを除けば、前と同じ日々が始まりつつあった。

 美希を思い出す頻度も、ずっと減った。美希が居なくなって1か月が過ぎた。
 中学2年最後の行事、と銘打たれた競技大会があった。雪で外のグラウンドが使えない中、体育館でバスケやドッヂボールを楽しもうという趣旨のものだ。
 小野寺はその持前のずば抜けた身体の力で、他の運動部に互角以上のプレーを見せ、競技大会の主役と言っても過言ではなかった。そして、小野寺のクラスは運動部員が多かったこともあってか、見事優勝を果たした。
 閉会式の後、クラスに戻って盛り上がる小野寺とその級友たち。お互いのプレーを褒め合って喜びを噛みしめていた。存分に勝利を分かち合ったところで、小野寺に女子が3人ほど近づいてきた。
「ねぇ、小野寺くん」
極端に語尾を上げる話し方。小野寺はその女子の方を向いた。
「今日、すごかったねー」
「ねー」
女子たちは何が面白いのかお互い笑い合いながら、小野寺に話しかけてくる。
「ほんと凄かったー」
「ねー」
繰り返される同意。
「小野寺くんってさー、何か運動やってたの―?」
「野球とか?」
「サッカーとか?」
「バスケじゃない、今日バスケで活躍してたもんねー?」
いや、そんなこと、ない。
 女子たちの迫りくる圧迫感に、小野寺は逃げ出していた。

 トイレの個室に一人籠った。
 あんなに女子が怖いとは。同じ言語を使っている筈なのに、会話がまるで通じている気がしない。リズムが違う。歯車が合わない。馬が合わない。そりが合わない。
 小野寺はこの時、女子に対する恐怖を初めて覚えた。今まで美希としか話してこなかったから。たった一人の人を、たった一人の女子だと思ってずっと話してきたから。他にも女子がいるという事にずっと気付かなかったのだ。怖い。女子が怖い。群れて集団でいるのが怖い。腹の中で何を思っているかわからなくて怖い。小野寺にはそれが、さながら小動物が捕食動物に対して抱くそれのように原始的なものに思われた。


 そしてようやく気付いた。今まで自分と美希は逃避行をしていたという事に。ずっと逃げていたのだ。自分は「男」で、美希は「女」であるということから。違う生き物だということから。男は「男」であって、女は「女」であるということから。
 だが、気付いたところで、今更小野寺はその「男女であること」に向き合うことなどできなかった。一度逃げ出したら、恐怖はどんどん募る。そうして、また逃げ出す足が早まる。
 小野寺の逃避行は終わらない。


 帰宅し、ほっ、と一息ついたところで突然涙が溢れだしてきた。もう美希は戻ってこないんだ。そのことが1か月経った今になって、女子と話すことで、ようやく実感となった。美希も一緒に逃避行をしていたとはいえ、あのような女子の一員だったのだ。そのことに気づかされた。そして、もう美希は戻っては来ないのだという現実に、号泣し、慟哭した。文字通り枯れるまで泣いた。涙が出なくなるまで泣けることを知った。


 ひとしきり泣いた後に、最後となってしまった美希の言葉を思い出した。

「りょうくん、もしね、もしも離れ離れになったとしても、あたしとりょうくんは同行二人だからね」

 同行二人。良い言葉だ。心からそう思った。自分が一番辛い筈なのに、懸命に別れの言葉を選んでくれたであろう美希に、また悲しみの波が押し寄せてきた。

 美希が居なくなっても、美希と一緒にやったクイズの思い出は消えなかった。フロッタージュ、五月の太陽、グラスノスチ。美希と一緒に覚えたクイズワードを思い出す度、美希とのクイズが思い出された。小野寺にとって、今の一番の心の拠り所はクイズとなっていた。


 やがて小野寺にも受験期が到来した。
 一高にはクイズ研究部があることを知り、そこでクイズをまたしたいと思い、受験勉強に励んだ。見事一高に合格し、予定通りクイズ研究部に入り、その腕を磨いていった……。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも久しぶりです。
2週連続で土日に模試があって14連勤で死んでるM上です。
M上って名前が良いね。Mっぽくて。
はい。どうでも好いですね。
久しぶりのアップです。
今回はクイズなしです。過去編ですよ! 過去編!
小野寺先輩にせめて小説の中の幼少期にだけでもリア充ライフを送って頂こうと思ったのがこのお話を考えたきっかけです。
まあ大分リア充とはかけ離れてしまいましたし、何か最期バッドエンドぽいですけど、まあ好いや。
実は一番気合い入れて書いてるところです。
幼馴染との楽しい日々をどうやって書けば良いのかなぁ、とか。
最後の別れのシーンは、ほんと書いてて辛かったです……。
でも、この辛さが小野寺先輩の強さになるのなら! と。
まあそんなこんなで、もはやこれは俺の知ってる小野寺先輩じゃないなって感じになってますが、別に良いんじゃないですかね。
どんな過去があって今その人がどんな行動をとっているのか。
そういうのを楽しく想像しながら書いています。
拙い文ですが、楽しんで読んでいただけていたら幸いです。
どうも。M上でした。