クイ研架空戦記@一高祭(3)

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一高祭二日目:「海賊(フィリバスター)」


「それでは、クイズの方を開始しましょうか。ルールは、先程の金髪の方と同じ、7○3×で、良いですかね……?」
さすがに先程良い勝負をした金髪の男を「使えない」呼ばわりするような人たちには、手加減は無用だろう。そして向こうも手加減は必要ないと思っているようであった。
「無論。こちらからお願いしようと思っていたところだ。さあ、始めてくれ」
そう言う偉丈夫から漲る自信が、隣に座っている及川にまでひしひしと伝わってきた。
(果たして……「海賊(フィリバスター)」と言う通り名がどれほどのものなのか……)
少し不安になる及川。
 そして、問い読みが始まった。
「それでは行きましょう、ルールは7○3×。問題。今日摘んでも/」
机を叩いたような大きい音がした。佐藤――筋肉隆々の男からだ。
「明日葉」
「うっ、わぁお……。正解です……!」
思わず驚きの声を上げる司会。今のがボタンを押した音だと……? と、その場のクイ研部員は皆思った。あまりにもパワーがありすぎる。流石に元ボクシング経験者だ。
(くっ……先んじられてしまいましたね)
及川が思った。
(今の押し……確かにすごいスピードでした……ですが、それが腕のスピードによるものなら……トルに足らないっ!)
再び構える及川。
「それでは、問題。「親譲り/」
またしても佐藤の手元から大きな音――それはもはやクイズ中に出る音とは思えないレベルの大きさだ。佐藤が答える。
「『坊っちゃん』」
「せ、正解!」
問い読みが正解音を鳴らす。
「なんだ、あの押しは!」
「すごい速い……!」
書き出しに対する素早いスラッシュ。本来は敵であるはずのクイ研側でさえ、佐藤の押しを称賛せずにはいられなかった。一同が驚嘆としている中、敵陣の茶髪の美女と帽子を目深にかぶった長身の男の二人だけが冷静だった。茶髪の女が口を開いた。
「どう? これで分かったでしょう、佐藤がなぜ「海賊(フィリバスター)」と呼ばれるかが」
色っぽい声で女が話す。
「一つ目はその暴力的な押しね。端子を提供する企画者たちに次々と泣きを見せてきたのよ、佐藤は。そしてもう一つが、今のような高速の押し。その押しで場をかき回してきた。それが佐藤の通り名の由来よ」
実はここでは、この美女は正しいことは話していても、正確なことは話していない。この高速な押しには、ちゃんとした裏付けがあった。
「自動反射(オート・リフレックス)」。
男は自分の押しをこう呼んでいた。とは言っても、その内容は名前ほどいかついものではない。何のことはない、ただの努力と修練の成果なのだ。
佐藤の練習法は至ってシンプルだった。同じ問題を早く押すことをただ何度も繰り返すこと。佐藤はそうすることで、問題の確定ポイントをひたすら体に植え付けたのだ。その練習方法は、文化系というよりもむしろ体育会系のそれに近い。ボクシング界出身だからこそ、その練習方法に至ったのだ。
そしてこの方法による押しのメリットは、「考えていない」、反射による利点であった。
熱い薬缶に手を触れると、「思わず」手を離してしまう。脊髄反射と条件反射の違いはあるものの、感覚的にはそれに近い。この反射により考える時間を省くことで、コンマ数秒単位で早く押すことが出来る。そのコンマ数秒が勝敗を決する競技クイズにとっては、佐藤の「自動反射(オート・リフレックス)」は非常に効果的であるのだ。
 京介が小野寺に問いかけた。
「小野寺先輩、相手相当強いですね。あれに……及川は勝てるんですかね?」
「うーん、押しでは敵わなくても、知識で及川くんがカバーできれば。まあでも、確かに厳しいね」
「ですよね……なんか胸騒ぎがするんですよね……大丈夫かな及川」
「胸騒ぎ?」
聞き返す小野寺。
「ええ……なんか嫌な予感というか……どことなく懐かしい感じというか……」
答える京介に対し小野寺が同意した。
「ああ、それなら俺も何となく感じてるよ。まあ気の所為かもしれないけど」
「そうですね」
 司会者役の一年生が、少し途切れた場を取り繕うと声を張り上げた。
「ええーと、コホン。それでは良いですか、皆さん。ではクイズを続けます。現在は佐藤さんが2ポイント先取となっております。参ります。問題。フランス語で「稲妻」/」
またしても押したのは、佐藤だった。
「エクレア!」
「正解!! またも素晴らしいポイントでの押しです!」
怒涛の高速押しに笑顔も引きつるクイ研勢。京介が言った。
「すごい押しですね……「フランス語」からの読ませ押しですかね?」
それに対し鎌田が否定する。
「いや。あれはちゃんと聞いて押しているだろう。先程の押しから察するに、「フランス語」で読ませ押しをしてたら、もっと早いポイントになるはず。ちゃんと「稲妻」まで聞いてから押してると思うよ。第一、普通「フランス語」から読ませ押しをしようとは思わないよ。だって選択肢が多すぎるから。まだ「ケチュア語」とか「スウェーデン語」なら分かるけどね」
「確かにそうですね……。でもですね、普通「フランス語で「稲妻」」で押そうと思ったら、聞いてから押すので、「フランス語で「稲妻」という」まで聞くことになるんじゃないですか」
「そう、それが普通だ。それが「聞いて答える」ときの壁になるはずなんだ。でも奴は、その壁を突破している……どんな方法でにしろ、かなりの手練れには違いないよ」
思わず生唾を飲む京介。
 そして及川は、額に脂汗を浮かべていた。
(こいつ……とんでもなく……疾い!! この押しに、どうすれば勝てるんですか……? いやそもそも、勝てるのですか……? ……いや待て待て、ここで弱気になっちゃだめです。押していかないと)
構える及川。
「続けて参りましょう、問題。フランス語において、通常発音されない子音字が/」
しかし。またしても押したのは佐藤だった。
リエゾン!」
正解音が鳴り響いた。
「またしても正解! 何と4連答です!!」
微笑む偉丈夫、佐藤。一方、及川はと言うと……。フラフラしている。心、ここにあらずと言った状態となっていた。
リエゾン……リエ……りえ……」
うわ言のように「りえ……」と繰り返し呟いていた。
小野寺が声を上げた。
「今の押し負けは……及川くんにとってただの押し負けじゃない。これは結果として、及川くんの心にも大きなダメージを与えたことになってしまった……。何故なら……及川の元カノの名前が「りえ」なんだよ!!」
「りえ……りえ……ふふ……そうですよ……」
正気を失ってしまったかのように、なおもぶつぶつと呟き続ける及川。彼はりえとの間にこんな思い出があった。


 昨年、及川高一の冬。気温が下がっている中、及川には春が来ていた。彼女が出来たのだ。それも向こうから告白される形で。その彼女の名前が、りえだった。
 及川は当時、毎日ハイテンションだった。我が世の春ぞとばかりに青春を謳歌していた。そんな中、12月も中旬に近づいていた――もうすぐクリスマスだ。及川は当然、りえとのデートの約束を入れた。
 そしてクリスマス当日。及川は待ち合わせ場所のステンドグラス前には30分前に着いた。当然のことです、と思った。ふと横を見ると、隣で携帯をいじっているチャラチャラした男がいる。何だこいつは、と及川は思った。まあこんな日に待ち合わせだからこいつも彼女を待っているのだろうが、どうせ薄っぺらい女を待っているのだろう、その点俺はどうだ! りえだぞ! と。
 しばらくして、りえが来た。及川は改札を抜けてこちらに来るりえに大きく手を振った。りえが近づいてくると、及川は自分の心臓の鼓動がアレグロってるのが分かった。
「ごめん、待ったぁ?」
そのりえの言葉に、「今来た所だよ(キラッ」と小声で返そうとした及川だったが、それはりえの次の言葉に遮られた。
「あ、丁度良かった」
何が丁度良いんだ? という疑問は、次の一声で氷解した。
「この人、私のカレね」
そう言ってりえは何と、及川の隣のチャラ男の肩に抱き付いたのだ。
 突然のことに動揺し、言葉も出ない及川。目は男とりえを往復し、右手は無意識に自分の太ももを太鼓のリズムで叩いていた。しかしりえはそんな及川に構う素振りを一切見せず、矢継ぎ早に話をしていく。
「その態度が超面白かったからぁ、適当に遊んであげてたけどぉ、私クリスマスはカレと過ごすんでー! チョー幸せ! あ、一つ言っておくけどぉ、あたし、お前のこと一度も彼氏とか思ってないからー! あれ、もしかして勘違いしてたぁ? やだー、超ウケるんですけど―!」
 頭痛と、強い立ちくらみ。気付けば及川は、視界が暗転し、りえとチャラ男の高らかな笑い声が、どこか遠いところから聞こえた気がした……。
 気付くと及川は、膝立ちで部室にいた。右手にはカッターナイフ。はぁ、とため息をつく。こんな不憫な自分は、もう生きていても仕方ない……。そしてその刃を、左手首にあてた。
「どぉせゥチゎ遊ばれてたってコト……」
ぼそっと呟いた、その時!
「ダメだ! 及川くん!」
 突如小野寺が部室に飛び込んできて、一瞬でカッターナイフを取り上げた!
「そんなことをしたって、何にもならない!」
でも、と及川は立っている小野寺を見上げる。
「大丈夫。分かってる。女に振られたんだろう。でもそれがなんだ! 気にするな! 三次元の、女なんて! 君には、及川君、君には! 俺にその素晴らしさを教えてくれた、 アイマスがあるじゃないか!!」
一呼吸、二呼吸遅れて、及川が口を開いた。
「そう……でしたね」
 失われていた及川の眼の光が、少しずつ色を取り戻してきていた。


「そうか……及川くんはまだあれを引きずっていたのか」
悲しそうな目で及川を見る小野寺。「りえ……りえ……」と呟き続けている及川に、もはや戦意は認められない。一度立ち直ったとしても、まだ傷は癒えていなかった。
「おい」
佐藤が低い声を出した。
「どうするんだ? クイズは」
それに京介くんが答えた。
「いやはや……全く予想していないアクシデントで、申し訳ないです。そうですね……どうしましょうか……あ、そうだ。こちらに代理を立てさせていただけませんか? よろしければ、ですが」
「無論」
即答する佐藤からは、やはり余裕、というか自信が感じられる。
「それでは……小野寺先輩、行っていただけますか?」
「ん? ああ、俺で良ければ。じゃあ――」
そう言って小野寺は解答者席に着いた。
「ほら及川くんは、隅で休んでて。お疲れ様」
フラフラと席を離れる及川。
「ええと、大丈夫ですか。それでは始めても……良いんですよね? ポイントは先程から継続、という事で……」
動揺気味の司会者。
「ああ、始めようか――よろしくお願いします、佐藤さん」
隣の偉丈夫に会釈する小野寺。
(勝たないと、及川くんのためにも。いや、大丈夫。勝てる。さっき見た感じの、この男の押しなら)
「では、問題。英語で「名誉」/」
二人がほぼ同時に押した。だが、端子が光ったのは、何と小野寺先輩。
「オナー!」
「おおっ、大正解です!」
 先程の佐藤の押しに負けずとも劣らない十二分な押し。
 京介が言った。
「さすが、小野寺先輩ですね……でも小野寺先輩も、「という」まで聞いてないんですね……?」
鎌田が答える。
「もちろん、小野寺先輩も相当な手練れだからね。でも俺が見る感じでは、あの佐藤という男の押しと、小野寺先輩の押しでは、原理がそもそも違う……」
司会者が進行する。
「では、続けて、問題。「柔らかい髪の毛」「曲がっ/」
またしても、解答権は小野寺に。
「……猫!」
「正解です!」
クイ研のペースになってきて、思わず笑みを零す司会者役の一年生。
「……あれ? さっきの問題では向こうの佐藤も押しにいっていたのに、今は押していなかった……?」
疑問を漏らす京介に対し、鎌田が言った。
「そうだよ、だって今のはいわゆる「ベタ問」というよりは、「発想系」の問題に近いんだから。そしてそのようなタイプの問題に、相手は反応できていない。これが、さっき言った原理の違いだよ」
「……? つまりどういうことです……?」
「つまりだ、向こうはおそらく問題を「考えずに」押しているんだろう。さっきの「オナー」の問題なら、おそらく小野寺先輩も「考えずに」押していたと思う。でも今の押しは「考えて」押しているんだ。「考えている」のに速い。それが小野寺先輩のクイズだ」
「「考えている」のに速い……? 人間にそんなことが可能なんですか?」
「ああ、可能だ。「ゾーン」と呼ばれる状態に入ればな」
「ゾーン?」
「簡単に言ってしまえば、極限に集中した状態のことだよ。元々はスポーツ界で言われ始めた言葉なんだが、クイズにも当てはまる。というか君も使っているはずだよ? フルで集中して問い読みの声を聞いていたら、音が遅れて聞こえた、一瞬の間に沢山のことを考えた、みたいな状態だよ。走馬灯みたいなものかな」
「なるほど……。つまり今の小野寺先輩の押しはその「ゾーン」に裏打ちされているという事ですね」
「ああ。そしてこの「ゾーン」を、おそらく相手は使えない。だからスコアの上では小野寺先輩が降りだけど、技術の上では小野寺先輩が圧倒的に有利なんだ」
 そのように鎌田が分析している間も、集中し、士気を高める小野寺。次の問題が読まれた。
「問題。幅約10m、高さ約6.7mとルーブル/」
点いたのは小野寺。
「『カナの婚礼』!」
「正解!! 何という押し!」
 多少難しめの問題でも、早く拾っていく小野寺。誤答をしていないので、安心して押せるのだ。それに、早く追いつきたいという思いもある。
「続いていきます、問題。80本立て/」
今度は、点いたのは佐藤だった。
「そう簡単にさせるか。茶筅!」
「正解です! さあ、現在佐藤さんが5○、小野寺先輩が3〇という状態です。では参ります。問題。鍾乳洞にできる炭酸カルシウムの結晶で/」
解答権は、小野寺に。
「石筍!」
「ああっと、すみません、不正解です。正解は石柱でした」
 無論ここでのただ一回の誤答で、小野寺が怯むことはない。今のタイプの問題で答えが「石柱」になるのは稀なことだし、その程度のリスクは覚悟した上での押しだ。誤答できるとき、小野寺はその真価を発揮できる。
「では参ります、問題。片面だけ焼いた/」
またもや解答権を手にしたのは小野寺だった。
「ターン、オーバーァァー!」
「正解です! 早い! 早すぎる!」
高速の押しに沸くクイ研メンバー。

 そして、その後も、小野寺の快進撃は続き……

「方違え!!」
「正解です! おめでとうございます! スコアが5○1×に対し7○2×で、小野寺先輩の勝ちとなります!! おめでとうございます!」
止まない正解音に、大きな歓声が重なった。
「いやったー!! さすが小野寺先輩です!」
「さすがです!」
「すごかったですよ!!」
そんな賞賛の言葉に照れる小野寺。しかし視線は違う所にあった。
「いや、ありがとう。でも、まだ終わらない、よね?」
見ると、明らかに苛立った様子で茶髪の美女が佐藤を押しのけて椅子に腰かけた。一瞬で場の空気が緊張する。女の雰囲気に気圧されたのだ。
「ったく、どいつもこいつも……これだから使えない男は」
吐き捨てる美女。そして煙草を取り出し、火を点けた。
「ふう。ひとまず私を引っ張り出したことに関しては褒めてあげるわ。まあでも、快進撃もここまでよ。私が終わらせてあげるわ」
場の空気が、いっそうますます張りつめた。


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えーっと、そうしくんから催促も来ましたので書きましたよ、続き。
本格的に忙しいのでなかなか書けないかもしれないです。
今回は及川を掘り下げてみました。散々な目だったな、及川。不憫だ……。
まあ何かこんな感じで、各人物を掘り下げていけたらなーとか思ってます。
それでは、お楽しみいただけると幸いです、『クイ研架空戦記@一高祭』。