クイ研架空戦記@一高祭(2)

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一高祭二日目:「金髪の男」


「よーし、今日も稼ぐぞー!」
「おーッ!!」
 部員たちが意気揚々と準備に取り組み、もう準備が完了した辺りで、その男は一般展示開始まであと10分、という所で現れた。
「おゥ、クイズやってるってのはここかィ?」
見ると、入り口にもたれかかっている金髪の男。
「あ、まだちょっと早いですけどやっていかれますか?」
まだ早い時間から――今日も期待できそうだ。
「あァ、その事なんだけどよ、まだ客も来てないっぽいし、5ゲーム一気にやらせてくんない?」
そう言って500円玉を渡す金髪の男。一年生がどうしますか、とカウンター席をちらっと見たが、「なあ良いだろ?」と押し切ろうとする男に負けてしまい、そのままクイズを始めることとなった。
「で、では始めましょうか」
 司会者役の一年生が問題集を手に取り、解答者役の一年生がボタンを手にした。そして金髪の男もボタンを手にした、その時――。
 教室内の空気が変わった。
 端子を持つ一年生の顔が強張る。
「あ、こらやべえな……」
鎌田が小さく呟いた。
「それでは、始めましょうか。問題。人間の「第三大臼歯」/」
 勢いよくボタンを押したのは――金髪の男だった。
「親知らず?」
「せ、正解です……!」
 確定ポイントでの綺麗な押しに、目を瞠る一年生たち。
「では、続けて参ります。問題。フランス語で「赤い風車」という/」
またも早いポイントで、金髪の男の端子が光る。
ムーラン・ルージュ!」
「正解……!」
これで男は二連答。そしてその後も、支配権はずっと金髪の男にあった。
「代表作に建仁寺所蔵の国宝『風神雷神/」
俵屋宗達!」
教室に正解音が鳴り響いた。
「えっと……見事勝利、ということで、賞金を贈呈します」
「ああ、良いよ別に。後でまとめて貰うから」
なんと第1セット、この男は7連答であがってしまった。司会者も驚きを隠せていない。
「ほら、次のセット行こうよ」
 男が促す。そして次のセット、またその次のセット、と男は連勝していった。そしてセットが終わるごとに、解答席についている一年生の緊張が大きくなっているのが、カウンター席から見ていても分かった。
「こ、これは……まずいですね」
 カウンター席で、及川が小野寺先輩に言った。小野寺先輩が応答する。
「うん。ちょっと今の一年生たちにあの男の相手はきついね……。だってあの男、どうやら『覇気』を使っているようだから」
「やはり――小野寺先輩も気付いていましたか」
 覇気。ちょっとでも高いレベルのクイズ対戦をしたことがある人なら経験があるだろう。自分が「流れ」に乗っているとき、まるでその場全体を支配しているように感じたことが。或いは、相手の「流れ」に支配され、まるで手出しできないような、何をやっても裏目に出そうに感じたことが。そのような「流れ」を掴んだ時に発せられるもの――それが「覇気」だ。
 またはこう言っても良いかもしれない。クイズ大会の会場に行く途中、「あ、この人はクイズプレイヤーだ」と気付くことがあるだろう。この事は「クイズのオーラが出ているからだ」と説明されることが多いが、その「オーラ」こそが「覇気」である。
 あの金髪の男は、その「覇気」を少なからず使っている。そのせいで一年生は必要以上のプレッシャーに圧され、思うようなパフォーマンスが出来ていないのだ。
 金髪の男が連勝した所で、及川はその男に声を掛けた。
「見ての通り、うちの一年生は気分が優れないようです。」
確かに、見るからに解答者役の一年生は顔色が悪い。
「ですから、代わりと言っては何ですが、最後の一戦は私とやって頂けないでしょうか?」
あァ? と及川を見る男。その眼光は鋭い。
「おいおい、約束が違うじゃねえか。規約違反じゃねえのか?」
せこい男だ――及川は思った。まあ好い。
「確かにそうです。ですから、賞金の方を200円、プラス300円、でどうでしょう」
「ほう……」
男がにやり、と笑った。
「フン……まあそれなら良いだろう。お前は、俺を楽しませてくれるんだろうなァ?」
「そうですね……少しばかり痛い目を見ることになるかもしれませんよ?」
二人の間に火花が走る。
司会者役が始めますか、と二人を見る。二人が席に着いた。
「それでは、始めますか」
「いや、もう一つだけ提案があります」
及川が金髪の男に言った。
「あなたは結構な実力をお持ちのようです。ですから、ここは一つ、私と平等なステージで勝負をしませんか――7○3×で」
「へぇ……ずいぶん弱気なんだなァ? まあ良いけど。じゃあ始めようか、7○3×」
条件が変わったことに対しても、余裕の姿勢の男。司会者が口を開く。
「では、始めたいと思います、7○3×。問題。「私は其人を常に/」
一問目。ここで答えられるかどうかで、今後の流れが大きく変わってくる。そのことを知っている及川は、全神経を耳に傾けた。書き出し問題。確定ポイントが非常に早く来るこのタイプの問題は、最も純粋に押しの速さが問われる。
(押したが――勝ったか?)
ボタンが光っていたのは、及川だった。及川が少し微笑んで答える。
「『こころ』ッ!」
「正解!!」
(これでこの男の思い通りには、なりにくいはず)
現在の状況を冷静に分析する及川。ここで一問取ったと言っても、相手にはまだまだ先程の試合での連勝という流れがある。それを断ち切れるかが勝負のカギだ。
(先程見た感じでは、おそらく私の方が実力は上。この調子で、畳み込む!)
「問題。元々は書道で書き損じた紙/」
日本語の語源問題。語源を正確に把握していれば、後振りを聞かずとも押せる。またもボタンが点いたのは及川だった。
「反古!」
「正解!」
「よしっ!」
流れが、及川に来ている。
「続けていきます。問題。アルゼンチン、ブラジル、パラグアイの国境近くに位置する、……」
(くそ……まだわからない……)
「……「すごい水」という/」
二人がほぼ同時に押したが、金髪の男の方が一瞬速かった。
イグアスの滝、だ!」
「正解です!」
(しまった……。前振りで分からないと、いつ押すかのリズムがくるって早く押せない……。そのあたりこの男は、得意なようだ……)
司会者が続けて読む。
「では、問題。カクテルなどに用いられる、……」
(前振りで浅めの限定……ということは、次辺りで確定ポイントが来るはず……。だから、知っている単語が来たらすぐ押せるように、押しのギアを一段階上げる……!)
司会者の次の言葉に集中する及川。
「……ザクロ/」
反射的に押す及川。少し遅れて男も押すが、間に合わない。
(ザクロと言っていましたね……分かりましたよ、答えが)
グレナデンシロップ!」
「正解です!」
男の眼が少し驚きの色を含んだ。今の押しには敵わない、と思ったらしい。そしてそれを、及川は見逃さなかった。
「ふぅー……」
静かに息を吐く及川。相手を威圧する。そしてこれこそが、覇気。
(私にだって、覇気は使えますから……)
及川は、端子を握る手に一層の力を込めた。
「「経済の発展とともに産業は第一/」
得意の経済問題! 及川は一際早いポイントで押す。
「ペティ・クラークの法則!!」
「正解ー!」
 この時点で、及川が4〇、金髪の男が1○で、両者共に誤答は無しとなっている。大分及川に有利な状況となっている。そしてそれは単にポイント数の事だけではない。今流れは、完全に及川に向いている。
「問題。第1回文化勲章も受章している/」
点いたのは、金髪の男。
横山大観?」
「正解です! 朦朧体という画風を確立したことで知られる日本人画家は誰でしょう? という問題でした」
(なっ……? いや、落ち着きましょう。今のは確定ポイントではない押しです。例えば他には、「土星型原子モデルを提唱した、大阪大学初代総長にもなっている物理学者は誰でしょう?」「長岡半太郎」という問題や、「KS鋼の発明者である物理学者は誰でしょう?」「本多光太郎」などの問題があります。要するに……今の押しは早すぎる。相手は私の覇気に気圧され……焦っている!)
「続けて参ります。問題。太陽を背にして立った時に/」
ボタンを点けたのは――またしても金髪の男。だが、その顔には明らかに狼狽の色が映っている。
「え、えーっと……かげおく、り……?」
この答に対し、このゲーム初となる、不正解を告げる音が鳴った。
「残念。前方の雲や霧に自分の影が大きく映り、周りに虹色の輪ができる現象を、ドイツの山の名をとって何というでしょう? という問題で、正解はブロッケン現象でした」
(やっぱりそうですね、相手は焦っています)
及川がカウンターの方に視線を向けると、「よくやっているぞ」という目で京介、鎌田、小野寺が見ている。
「現在、及川先輩が4○0×、お客さんが2〇1×となっております。では参りましょう、問題。現在の一円硬貨は……」
(さすがにここで押すほどの緊張ではないようですね……。それにしてもこの問題……一円玉といえば、答えになりそうなのは「一枚何グラムでしょう?」で「1グラム」か、「どんな元素でできているでしょう?」で「アルミニウム」か、「裏に描かれている葉の数は何枚でしょう?」で「8枚」とかですかね……。さて、次に何が来るか、ここはゆっくりめで読ませ押しをしましょうか)
「……何という/」
ここで及川のボタンが光った。
(解答権を得ることが出来ましたが……先程の中で「何という」に続きそうなのは……)
「3、2、……」
司会者のカウントが始まる。
(続きそうなのは……「何という元素」、ですかね。つまり、答えは……)
「アルミニウム!」
「正解です!!」
よし、と小さくガッツポーズをする及川。これで5○。あと2問だ。
「問題。モース硬度の基準となる鉱物で/」
金髪の男が押す。
(しかし……ここでは確定できない……しかもモース硬度計は10段階まである。つまり予測される解答は単純計算で10種類。先程の第一回文化勲章の問題ではたまたま当たりでしたが、二度目はありませんよ……?)
「……ダイヤモンド……」
下を向いたまま、男が答えるが、無情にも不正解の音が鳴った。
「えーっと、不正解です。問題文の続きを読みます。1は滑石、2は石膏ですが、3は何でしょう? という問題で、答えは方解石でした」
司会が言葉を続ける。
「さあここで失格リーチとなってしまったようですが、気を取り直して参りましょう、問題。ラテン語で「人」/」
ボタンが押されたことを示す電子音が鳴った。押したのは金髪の男。
(何……ですと? ここに来て確定ポイントで……)
「え、えーっと……何だっけ……」
(いや……これは語源問題を勘押ししてきましたか……)
「3、2、1、……」
司会者の三秒カウントの間、金髪の男は必死に考えているようであったが、答えは出てこず、不正解となった。
「残念でした、答えはペルソナでした。つまり……これで失格となってしまいますが……?」
困ったように視線を及川とカウンター席の間で往復させる司会者役の一年生。それもそうだ。先程まで場を荒らしていた男が、惨めに敗北してしまったのだから。少し間が空く教室。
 だが、その間もすぐにつながった――入り口からいきなり、三人組が現れた。部員たちの視線が一気に三人に注がれる。
「な……ええっと、お客……さん?」
突然の来訪者に動揺する部員たちを意にも介さず、ずんずんと教室を突き進み、金髪の男の方へと向かう三人。屈強そうな男、あでやかな服装の美人、帽子を目深にかぶった長身の男、の三人だ。
「もしかして、もう負けたっていうのかい?」
唇がつややかな女性が、心底軽蔑しているような目つきで金髪の男を見て言った。
「い、いや……待ってくれ、俺は別に……」
「ゴチャゴチャ言い訳するんじゃないよ!」
慌てて言い訳をしようとする男を、美女が一喝した。
「ったく、ほんとに使えない男だね……クイズが得意とか抜かしやがって……たまには役に立つかと思えば……この有様じゃないかよ!」
「ヒッ!」
男の肩がビクッと跳ねた。いや、男だけではない。クイズ研究部の部員全員が、その美貌にもかかわらず暴言を吐く女性に、ビビっていた。
「使えない男に興味はないよ……佐藤、やっておしまい」
佐藤、と呼ばれた男――筋肉隆々の男だ――がヌッと金髪の男の前に立った。
「ちょ……おい……」
冷や汗をだらだら流す金髪の男。その男に――佐藤と呼ばれた男が、勢いよく拳を振り下ろした。
 鈍い音がしたかと思うと、金髪の男は後方に吹っ飛んでいた。顔からは鼻血が出ている。そして、頭を少し前方に傾けたかと思うと、そのまま床に崩れ落ちた。
「お、お客さん!?」
ようやく声を掛けたのは、京介。
「すみませんが、店内での暴力行為は……」
それを遮るように言ったのは、金髪の男を殴ったがたいの良い男。
「道場破りだ」
「……はい……?」
ワンテンポ遅れて返事をする京介。
「だから、道場破りだ。お前らを倒しに来た。さあ、クイズを始めるぞ」
そう言って席に付く佐藤。
「いや、道場破り、と言われましても……」
困惑する京介に、佐藤に命令していた美女が答えた。
「あたしらはあんたらをつぶしに来たのよ、ただそれだけ。分かったらさっさとクイズをする! それとも何だい? 怖気づいているのかい?」
「いや……そんな急につぶしに来たとか言われても……」
一体何でそんなことするんだ? この大の大人たちが?
「ま、まあやりましょう京介氏。折角ですから」
まだ解答席についていた及川が言った。
「お、良いねー。あたしそういうノリの良い子、好きだよ」
美女が及川にウィンクをした。一気に挙動不審になる及川。
小声で小野寺が京介に話しかける。
「はは、クイズの時より緊張してるよ、及川くん」
「いや、この中で一番女性恐怖症の人が何言ってるんすか」
「うっ」
司会者が口を開いた。
「それでは……クイズを始める、という事で良いんですかね」
「ああ。だがちょっと待ってくれ。俺は自分専用の端子を持っているから、そっちを使わせてくれないか」
佐藤はそう言って荷物の中から端子を取り出した。外箱が金属製で、何やら重そうだ。
「いやでも……平等性に欠けてしまいますからね……」
迷っている司会者役の一年生に、美女が声を掛けた。
「安心しなさい。その辺はこちらもフェアにやってるわ。だから言うことは聞いておきなさい。そうでないとあなたたちの端子が犠牲になることになるわよ? 何てったって、佐藤は元ボクサーであり、その経験を培った高速の押しを展開する、「海賊(フィリバスター)」の異名をとる男なんだからね!」
 道理であの筋肉、一撃で金髪の男を昏倒させるはずである。
「では、端子を差し替えましょうか……」
教室内は、かつてないほどの緊張感に包まれた。そしてすべてのセッティングが終わった。


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こんにちは、村上です。昨日の続きです。
今回はちょっと長かったですね。
クイズの描写とかも今回はノーカットでお届けできてよかったです。
俺がクイズ中に考えていることをそのまま表現させて頂きました。
小野寺先輩には申し訳ありませんが、地の分では敬称を略させて頂いています。
あと最後の方に出てきたマッチョは聖地人をイメージしています。外見は聖地人そのものだと思ってください。
あちこちに伏線をベタベタ張っています。探してみてください。

それでは、お楽しみ頂けたら幸いです、『クイ研架空戦記@一高祭』でした!