他愛無いことを話すだけでも

 他愛無いことを話すだけでも、冗談よりも面白い。
 私――大島愛は、ただいま授業とか先生とかからの縛り、しがらみから解放されて、至福のひと時を過ごしているところである。まあ要するに、放課後に友達誘って、お茶している訳だ。で、私の向かいに座っている、このお洒落にサイドテールを決めている良さげな子が、唐沢佳奈。今は放課後モードで、制服のリボンを外してデコルテを強調している。そのグリスを塗った唇が開き、先ほどの話題に言及した。
「……で、彩乃ったら木島君に振られたショックで数学の小テスト赤点だったんだって」
私はすぐにリアクションをとる。
「嘘―、木島君ひどーい! それでいて受かってるんでしょ?」
「それがね、木島君も落ちたんだって。二人仲良く追試だってよー」
「えー、かわいそー。木島君もショックだったんじゃないの?」
「受ける―っ!」
 他愛無い会話。下らない話題。何時でも出来ることなんだから、今しか出来ないことをやれ、という人もいるだろうけど、私はそうは思わない。こんなことが出来るのは、高校生の今だけだ。
 もう帰る時間だ。私たちは痴話話に花を咲かせた店を後にし、帰宅途中の道でも話を続けた。
「あ、ごめん、ちょっとトイレ……そこのコンビニに寄って来て良い?」
足を止めた佳奈が言った。
「良いよ、私はここで待ってるね」
コンビニの庇の下で、私は時間つぶしにケータイを開いた。
 しかし私は直ぐにそれをしまわなければならなかった。不意に近づいてきた紳士に声を掛けられたからである。
 その男はまさしく紳士と呼ぶに相応しい出で立ちをしていた。黒いスーツにシルクハット、おまけに杖をコツンコツンと突いていた。
「お嬢さん――」
ほらこいつ、私のことお嬢さんとか呼んだ。紳士のテンプレみたいだ、という私の考えは、次の一言で直ぐに打ち砕かれた。
「――私は死神です。貴女に引導を、渡しに来ました」
えっ?
 即座には状況を理解できない、なんてことは無かった。何故ならその男は、言われればもう死神にしか見えないような非現実感を醸し出していたからだ。
「残念ですが、貴女の命はここまでなのです」
私は大きく目を見開いた。死神が人間に接触してくる理由――死の宣告。それを認識した途端に、たった今見開いた目から涙が溢れた。
「残念ですが、貴女の命はここまでなのです」
死神は反芻させようとしてか、同じ言葉を繰り返した。そして、嗚咽する暇も与えずに、慣れた手つきで白いハンカチを取り出して、私の口元にあてた。
「それでは、申し訳ございませんがお休みください」
 私の口がハンカチを認識した瞬間、一気に意識が遠のいた。ガクン、と膝を落としたのが分かった。走馬灯、なんてものを感じる余裕など無かった。ほんの一瞬のことである。揺れる視界の端で、吃驚した表情で慌てて駆け寄ろうとする佳奈の姿を捉えると、私の意識は闇に飲まれていった。